生成AIの急速な普及により、組込み開発の現場は大きな変革期を迎えています。プロンプトからコードが生まれ、試作の立ち上げ速度は飛躍的に向上しています。しかしその一方で、リアルタイム性・ハードウェア依存・長期安定性といった組込み特有の品質課題は依然として避けられません。
現場では、「AIを使ってみたが品質が不安」「生成されたコードをどう検証すればよいか分からない」「チームのスキル格差に悩んでいる」「ツールを導入したのに運用が定着しない」「むしろ開発が混乱している」といった課題も増えています。
さらに、レビューや設計判断を担う中堅エンジニアが不足し、AIに依存する開発スタイルでは「なぜその設計なのか」の理解や説明ができないままプロジェクトが進むリスクも拡大しています。
本記事では、AIの普及によってバイブコーディングが急速に広がる今、そんな時代に品質と速度を両立するために押さえておきたい3つのポイントを解説します。
CONTENTS
生成AIと組込み開発の品質課題|AIが越えられない壁
生成AIの限界と品質課題
生成AIは、文法的に正しいコードや汎用アルゴリズム、標準APIの利用など、一般的な環境での検証では大きな力を発揮します。しかし組込み開発では、実際の環境での動作検証を避けることはできません。
リアルタイム性能、割り込みのタイミングの整合性、I/O信号の正確性、CPU/メモリ/キューの使用状況、基板や周辺機器との整合性、長期安定性など。これらは実機でなければ判断できない領域であり、AIが保証できる範囲を超えています。
組込み開発に必要な多層的品質保証
組込み開発に必要な品質保証は大きく二層に分かれます。
- レイヤー1(論理的品質)
コードレビュー、静的解析、ユニットテストによるコードの論理的な正しさの確認。(AIが生成したコードも含む)
- レイヤー2(実環境品質)
タイミング・リソース使用量・長期安定性などの実機検証。
特にこのレイヤー2を自動化することが、AIで高速化した開発サイクルを品質に転換するための重要な鍵となります。

品質コストの本質
品質コストの大半はツールではなく “人” にかかっています。
IPAの調査でも、テスト工程は開発工数の20〜40%を占め、そのうち90%以上は人的コストです。このため、ツール導入だけでは不十分で、それを使いこなせる人材が不可欠です。

AI時代でも変わらない品質の原則
- 品質保証の最終責任は人間にある
- AI生成コードはあくまで出発点であり、完成品ではない
- 組込み特有の制約への対応には、人間の専門知識とツールによる検証が不可欠
AI時代でもこの原則は揺らぎません。しかし、実際の現場ではAIの登場により、状況はより複雑になっています。
中堅エンジニアの不足と組込み開発におけるAI活用の影響
AI時代の新しい風景
生成AIの登場により、現場には一時的な“便利さ”が芽生えました。
ベテランはGUIモックやI/F仕様の整理をAIに任せられ、若手は不具合原因に対してAIが即座に答えを返してくれるため、「先輩のように頼れる存在」と錯覚する場面もあります。
しかしその裏側では、中堅エンジニアが担ってきた役割が一時的に置き換えられているだけという問題が生じています。
中堅は本来、
- 設計の妥当性評価
- トレードオフ判断
- 暗黙知の形式化
- 若手育成
といった、人間固有の判断業務を担ってきました。
AIは「指示をコードに変換する」「既知の問題例を返す」ことはできますが、「文脈理解」「なぜその設計が必要か」という本質的判断はできません。
中堅エンジニアの減少
さらに、総務省の調査では、28〜40歳の製造業における中堅層は過去20年で約30%減少。「指導できる人材が不足している」という声は6割を超えています。

この人材不足とAIの利便性が重なることで、組織には以下の3つの問題が発生します。
- ベテランの判断力の錯覚
AIが指示通りに動くため「中堅がいなくても回る」と誤認し、レビューが形骸化。
- 若手の理解停滞
AI依存により「なぜ」を考える機会が減り、判断力が育たない。
- 組織の空洞化
個別タスクは進むが、知識が蓄積されず、人材の育成が遅れ、予期せぬトラブルに弱い組織になることも。
このままではAI活用が個人ベースにとどまり、技術負債の蓄積によって組織全体の品質保証力が低下する恐れがあります。
品質×速度を両立する3つのポイント
ここまでで、AI時代の組込み開発が抱える課題を確認しました。では、どうすれば品質と速度を両立できるのか?その答えとなる3つのポイントを、これから詳しく解説します。目的は、AI活用で失われつつある中堅エンジニアの機能を組織として再構築することです。
- 検証判断機能の強化
実機テスト自動化でAI生成コードの品質問題を即時検出。
ツールで検証を仕組み化し、ベテランは「判断」に集中できる体制を構築。 - 若手の理解停滞
体系的な教育で判断力を育成し、レビュー観点を標準化。
12ヶ月で中堅相当のスキルを獲得し、品質保証の基盤を強化。 - 組織定着機能の確立
ツールと教育を同時展開し、ナレッジを組織に固定化。
統合アプローチで、持続可能な品質保証体制を構築。
これらは単独では効果が限定的で、統合アプローチとして互いに補完し合うことで初めて持続可能な体制となります。
実機テストの自動化で品質×速度両立
従来、品質と速度はトレードオフの関係にありました。品質を重視すれば開発は遅くなり、速度を優先すれば品質が犠牲になる――この構図を変えるのが、生成AI+自動化ツールの組み合わせです。
AIが高速にコードを生成し、実機テストを自動化することで昼夜問わず無人で検証を実行。これにより速度を維持しながら品質を確保できる体制が整います。
重要なのは、AIがどれだけ進化しても「最終的な正しさは実機でしか担保できない」という原則が変わらないこと。
検証を省略するのではなく、検証を徹底しつつ高速化する仕組みこそが、AI時代の品質戦略になります。

判断力を育てる人材育成
生成AIは“答え”を返しますが、「なぜその答えか」を説明し、意思決定を行うのは人間です。そのため、AI時代には データを読み解き、意味づけして判断する力が一層重要になります。
若手がAIに依存しすぎると、「考えなくても進む」状態に陥り、レビューで説明できなくなります。これを防ぐには、実プロジェクトで判断力を養うOJT型の教育が効果的です。
さらに、育成の過程ではベテランによるレビューとフィードバックを組み込み、判断の質を高めることが重要です。
判断力育成の具体例(12ヶ月モデル)
- 組込み基礎力
リアルタイムOS理解、ハードウェア知識、C言語実装力
- 生成AIコード評価力
レビュー能力、AIの弱点理解、適切なプロンプティング
- ツール活用力
テスト設計能力、動的解析の読み解き、ログや結果を根拠に判断する力
- 問題解決力
トラブルシューティング、根本原因の特定、最適解の選択
統合運用で組織に定着
ツールの導入だけでは判断力は育たず、教育だけを行っても実践の場が不足すれば知識は定着しません。品質と速度を両立するには、ツール導入と教育を同時に展開し、現場運用と結びつけた統合的なアプローチが不可欠です。
このアプローチの狙いは、中堅エンジニアが担ってきた「検証・判断」「調整・橋渡し」「組織的定着」という機能を、AI時代に合わせて再構築することにあります。単発の改善施策ではなく、段階的なプロセスを経て、組織としての品質保証力を根付かせていきます。
特に重要となるのは以下の3点です。
- フェーズ1
基礎スキルの習得と短時間テストの自動化
- フェーズ2
高度な活用技術と判断力の養成
- フェーズ3
完全自立運用と継続的な改善
このように段階的に品質保証力を組織の仕組みとして固定化させていきます。

ツールだけでは「判断材料」は手に入っても判断そのものはできません。教育だけでは「判断力」は育ちますが、現場の実践が伴わなければ力は定着しません。両者を組み合わせ、さらに運用ルールを整備することで、判断力を現場に育て、ナレッジとして蓄積する仕組みが完成します。
この3つのポイントが連動することで、品質と速度の両立は「一時的な対策」ではなく、持続可能な日常業務として組織に根付いていきます。
まとめ
AIが当たり前になった今でも、品質保証の最終責任は人間にあります。この原則は変わりません。特に組込み開発では、どれほど技術が進化しても、最終的な正しさは実機でしか保証できません。だからこそ、検証を省略するのではなく、検証を徹底しながら品質と速度を両立できる仕組みを整えることが重要です。
ここで求められるのは、伝統的な取り組みと新しい技術を切り離すのではなく、両者を組み合わせて活かすことです。
- 継承すべき伝統的なアプローチ
実機テストの重要性、ベテランの知見、段階的な検証プロセス、人が品質に責任を持つ
- 活用すべき新しい技術
AI生成コード、実機テストの自動化、動的解析ツール、高速検証サイクル
「温故知新」からさらに進め、「ふるきをたずねて、あたらしきをつくる=温故創新」へ。
過去の知見を大切にしつつ、新しい技術で開発体制を強化することが、現場に新しい価値を生む鍵です。

短期集中で中堅機能を組織に取り戻し、12ヶ月で定着させる統合アプローチを実践することで、品質と速度のトレードオフから解放され、継続的に品質向上が実現する開発サイクルを日常化できます。
最終的なゴールは、AIのスピードを品質向上に変換し、持続可能な開発体制を築くことです。そのためにも、ツールと人材育成の統合アプローチで品質と速度を両立し、未来に強い組込み開発を実現しましょう。

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